当記事は森茉莉著『貧乏サヴァラン』の書評です。
贅沢と貧乏、二つを味わった著者にしか書けない作品です。
著者にとっての貧乏とは、贅沢とはなにか。
食事は日々生きていくうえで必須であり、ときに生きる喜び、楽しみでもあります。
食いしん坊と後世に語られるほど、食に対するこだわり、それを通り越して執着が見られますが、
美しい言葉でつづられた文章は官能の域に触れます。
『貧乏サヴァラン』とは?
「森茉莉全集」全八巻を底本とし、早川暢子さんが編纂した文庫オリジナルです。
『貧乏サヴァラン』あらすじ
家事はまるきり駄目だった茉莉の、ただ一つの例外は料理だった。
『貧乏サヴァラン』
オムレット、ボルドオ風茸料理、白魚、独活、柱などの清汁…
江戸っ子の舌とパリジェンヌの舌を持ち贅沢をこよなく愛した茉莉ならではの得意料理。
「百円のイングランド製のチョコレートを一日一個買いに行くのを日課」に、食いしん坊茉莉は夢の食卓を思い描く。
垂涎の食エッセイ。
『貧乏サヴァラン』感想・レビュー
Point1.食へのこだわり
冒頭から氷のお話がはじまります。
どんな氷で、どの紅茶と一緒にどう楽しむか、そして紅茶の香りから英国にまで想いを馳せます。結果、6ページ弱に渡り、氷についてつづっています。
とにかく、マリアは氷があって、気に入ったものを気に入ったようにして口に入れないと、この世のゆかいの中でも最もゆかいなものがなくなって、忽ちムーディな気分の中に陥るのである。
『貧乏サヴァラン』
本来のムーディとは違った意味で言葉が使われていますが、気に入ったものがないと、「ムーッとたってこめたような不機嫌」な感情が襲ってくるそう。
お嬢さんぶり、執着ぶりもここまでくればあっぱれ!と賞賛の思いを込めて言いたくなります。
Point2.表現力
上記の通り、氷一つ、食材一つとってもこだわりがある著者の語りは熱が入っていて、でも優雅さを感じます。
文章全体に漂う明治から大正、昭和の雰囲気。食事情から時代背景も見え、より深い内容になっています。
また、食事することを何よりの歓びとも言っている姿は、恍惚としています。
著者にとって、自分が選りすぐった食材で作る料理の味は自慢でした。
文章もなんだか自信に満ちあふれており、ある種の美学が一貫しているからこそ、魅力を感じる作品なんだと思います。
生きている歓びや空気の香い、歓びの味、それがわからなくてなんの享楽だ。なにが生きていることだ。
『貧乏サヴァラン』
Point3.真の贅沢とは
贅沢な食事といえば、高価なレストランで食事したり、珍味を取り寄せて食べることでしょうか。
著者にとって特別な食事は、今一番食べごろのものを最上の状態で口にすること。
日々の生活でも、お手頃で清潔な衣類を身につけ、たくさんの花を活けて、自分一人の時間を楽しむ。
真の贅沢とはお金をかけず、自らの充足感を大事にしています。
『貧乏サヴァラン』の著者について
1903─87年、東京生まれ。森鴎外の長女。1957年、父を憧憬する娘の感情を繊細な文体で描いた随筆集『父の帽子』で日本エッセイスト・クラブ賞を受賞、50歳を過ぎて作家としてスタートした。
『貧乏サヴァラン』の感想・まとめ
宮田ナノ著『ハラヘリ読書』を読んでから、ずっと読みたかった作品です。
森鴎外の娘で、文筆活動をしていたのは知っていたけど、こんなにお腹が減るような本だなんて思っていませんでした。
父に愛されて育ち、すっかり食いしん坊に育ったマリアさん。
結婚して渡仏。洋食やスイーツにも目がありません。
ただ、父が死に、離婚し、父の印税も入らないようになると生活は困窮する。その時、彼女は筆を取りました。
編者のあとがきも共感しながら読めました。
ほかの作品も読みたいです!
あと、無性にリプトンの紅茶が飲みたくなるので、これから読まれる方は事前に準備しておくことをおすすめします。
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